何の変哲もない日々

東京に住み、東京で働く20代半ばに差し掛かった男です。

僕とSMAP〜1991-1996

僕とSMAP

 

SMAPがデビューした1991年9月9日。

僕はまだこの世に誕生していない。

 

遅ればせながらそれから5ヶ月後、「正義の味方はあてにならない」と「心の鏡」のリリースの間くらいに、僕はこの世に生まれた。

学年で言えば、SMAPと同学年だ。

 

物心がついて、最初のSMAPの記憶はそれから3年後くらい先のこと。

夜遅く帰宅する父親と一緒に布団から見ていたのは、夢がMORI MORIでキックベースをする若いお兄ちゃんたち。そう、それがSMAPだった。

 

ちょうどその頃、6つ上の姉が「 KANSHAして」のCDを買ってもらったことがきっかけで、今尚続くSMAPとの人生が始まった。

 

姉から始まったこの波はすぐに母親にも移り、やがては

家にはポスターが貼られ、見るテレビはメンバーが出ているバラエティー、ドラマ、音楽番組。

 

録画した愛ラブSMAPを何度も繰り返し見て、「俺たちに明日はある」をスタンドマイクで歌うSMAPに、当時4歳になろうとする僕は釘付けだった。

それまで、レンジャーものが大好きだった少年にとってのヒーローはその頃から彼らだった。

 

初めて生でSMAPを見たのは、横浜アリーナで行われたBANG!BANG!BANG!の公開収録だ。もちろんはっきりとした記憶はないが、目の前にいたSMAPのメンバーは覚えている。特に、森くんがかっこよかったことを。

奇しくも、これが最初で最期の森且行だった。

 

スマスマが始まり、ロンバケに世の中が夢中になっていた頃。

4歳の僕は、もちろんハマる。団地の2階からスーパーボールを投げて遊んでいた。

 

気がついたらSMAPから森くんが抜けると知ったのはこの頃。

幼稚園から帰ると、ずっとワイドショーを一緒に見ていたのを覚えている。

ラストのスマスマを家族みんなで見ている光景も。

 

森くんが抜けた夏。

初めてSMAPのライブに行った。

もちろん、自分の人生で初めてのライブ。

 

1996年の夏、東京ドーム。「超無限大翔」

たしか2階席から見ていたような記憶。

アフリカのような映像からスタートして・・・正直覚えていない。

 

無理もない、まだ4歳だから。

それでも、目の前で歌い踊るSMAPはかっこよかったことはしっかり覚えている。

 

続く